「なぜ山に登るのか?」
2008.02.18 Mon
世界的な登山家、山野井泰史さんによる登攀記、
『垂直の記憶』を読みました。
登山家といっても彼が登るのは、8000m級の山々の上空にそびえる
2000m以上の高度差のある岩壁です。山というよりも断崖絶壁と呼ぶ方が
ふさわしいかもしれません。まして単純に登るのではなく、
あえて誰も登ったことのないような難しいコースを酸素ボンベを使わずに、
1人で登るのです。
彼らの行動する領域においては生物は存在できず、風と雪と山だけの
とても危険な場所です。いかなる心の迷いも死へと直結しています。
仲間への同情や名誉欲のために自分の直感を裏切れば、
そこには奈落が口を開けて待っているのです。
「クライマーの生死は、大自然が決定するのではなく、クライマー自身が決めているのだ。」と山野井さんは肝に銘じます。
生と死のはざま、極限の状態に身をおいているからこそ
口にすることのできる言葉の重さが行間からにじみでています。
それは例えば「死」という言葉そのものからくる重さではなく、それを
口にするときの彼らの自然すぎるスタンスから感じられる重さなのです。
誤魔化しやうそぶくことは全くありません。
きっとそうする必要がないからでしょう。
「なぜ山に登るのか?」
この古典的な問いに対して、これほど説得力のある文章があるということに驚きました。
(ei)


