better than.....
2007.12.11 Tue
僕が昔から嫌いな言葉の一つに、「どうせ・・・」というのが
あります。
もしかしたら一番嫌いな言葉かもしれません。
ひどく嫌な感じのだるさを伴う言葉だと思います。
「どうせこの国はさ……」
僕が生まれた時代って、考えてみれば、終戦から15年ぐらいしか
経ってません。育ってる過程ではそんな実感は全くなくて、
もう戦争なんて遠い過去のことと思っていたんですが、
でも鈍くその「どうせこの国はさ……」的なフレーズが
通奏低音みたいに響いてたような気もします。
まあそれは今も、違った意味でそうなのかもしれないけど。
話は変わって、最近、といっても一か月ほど前のことですが、
あるテレビ局で
「女性の美に対するあくなき追求、そして、それを取り巻く産業」
的な番組をやっていました。
番組の内容は、女性が美しくなるために投資する化粧品産業の
隆盛っぷりを主に描いたものでした。この産業の発展は目覚ましく、
特に日本はその中でも先進的な立場にあって、
日本のノウハウや流行が中国を含む他のアジアにも
広がっていってるそうです。
僕も知らなかったんですが、おおまかに言って、だと思うけれど、
西洋の女性のためには、あまり基礎化粧品のようなものが
充実してないんですって。
だからホワイトニングなんていうのも欧米では無いらしいです。
白人にホワイトニングというのもどうかと思うし、
じゃあ黒人は、という笑いを取る話じゃなくて、
この場合のホワイトニングというのは「美白」、
紫外線によるシミとかシワのことに対して、まあ西洋社会の女性は、
比較的大雑把だということです。
つまり西洋の女性にとって化粧というのは、大げさに言えば
ある種の「仮面」をつけること、といってもいいのかも知れない。
それに対して日本やアジアの場合は、根本から、素肌から、
もっといえば内側からきれいになろうとするという
考え方がこの美容ブームを支えているのだと思います。
特に、ここのところの日本の化粧品産業では、
一人ひとりの肌に合う化粧品の原料を、
別々に購入して、自分の肌に合う調合をする人が増えている、など、
すごい高度な領域に達してるなあと正直驚きました。
そしてその情報を一般のテレビや雑誌等のメディアに頼らずに、
ネットでの口コミサイトなどでかなり正確な情報を得ている実態にも、
僕を含む男たちには「よくぞそこまで」と思うところもありますが、
現代の女性の「こうなりたい欲望」を垣間見る思いでした。
世代的に言っても、美しくなろうという努力は、
20歳前後の女性から、そのお母さん、そしておばあちゃんまで
広がっています。
そして、それぞれがその年代や固有の特徴に合わせて美しくなろうと
努力している、これは改めてすごいエネルギーだなと思いました。
そんな中で、60歳手前の主婦の方だったと思うけれど、
こんなようなことを発言されてたと思います。
「主人も、なぜ私が化粧にお金や時間を費やすのかと不思議がります。
どうせ歳はとるわけだし、あんまりがんばらなくても、と言われる
んですが……。でも自分の実年齢よりも、自分の肌年齢がすごい歳を
とっていると言われたりすると、すごく暗い気持ちになって、後ろ向きな
気持ちになります。自分がまだ美しくいられると思えば、
前向きに生きていけます」
僕はそれを聞いて、前から思っていた何かと、また新しい何かが
つながったなと思いました。
それは「better」ということでした。
実年齢よりも若くいられる、もしかしたらまわりの同年代の
女性よりもイケてる感じかも知れない、という感覚は、
気持ちにハリをあたえて、前向きにいろんなことを
ポジティブにとらえていくための秘訣なんだと思います。
そしてそれは多分自由競争社会の正しいルールの在り方なんだろうな
と……僕は、そのようなことを一気に思いめぐらせていました。
そして、環境も同じことなんだと思いました。
「どうせ」という言葉がはびこりだしたら、世界がどこに行こうが
人ごとや人の責任になってしまう。
「どうせ」包囲網をかいくぐって進んでいくためには、
今よりもbetterというふうに思える、前向きな気持ちをみんなでどれだけ
抱えていけるのか、そういう取り組みをどれだけしていけるのか。
来年ぐらい、僕らなりの一つの試みがスタートできるかと思います。
それはずっと考え続けていたことで、
消費と未来の在り方をつなぐ工夫なんだけど、
もう少しで構想が出来上がりそうです。
なんと、その構想の柱こそが、ちょっとベタですが、
「better」なんです。


